蔵書紹介
弊社の蔵書をご紹介いたします。
弊社技術者による書評を掲載しております。
耐量子計算機暗号
本書は耐量子計算機暗号に関する和書としては数少ない専門書です。耐量子計算機暗号に必要となる数学の解説や、暗号が安全であるとはどういうことかなどの基本的な定義の解説から始めて、格子暗号や同種暗号の構成と正当性の解析などの専門的な内容に展開しています。暗号の分野の独特の概念が一から説明されているのは初学者には有難いです。紙面の都合で、暗号の計算量解析や安全性証明の詳細は他書に任されています。本書を読み解く上での前提知識としては、前書きに大学1,2年の数学と集合・写像・確率などの基礎事項で十分とありますが、基礎事項には群や体などの代数が含まれます。特に、同種暗号では、代数の考え方にある程度慣れている必要があります。
前提知識は少ないですが、暗号の基本概念と暗号の構成や解析そのものがかなり複雑なので、耐量子計算暗号に真剣に取り組みたい人が最初にじっくり読む本としてよいでしょう。あるいは、量子計算量理論などの近い分野をある程度勉強した人が、暗号の基本的概念と、具体的な暗号の構成や解析について知りたいときに読むとよいと思います。耐量子計算機暗号は関連分野が多く、独力で論文をたどって学ぼうとすると、基本的なことを理解する前に際限なく学ぶことが膨れ上がって効率が悪いですが、その前にこの本を読むことで耐量子計算機暗号の基本的な内容を見通しよく学べます。
量子計算理論 量子コンピュータの原理
本書は、量子計算量理論の基礎から比較的最近行われている研究に踏み込んだ内容まで、少ないページ数で効率よく解説しています。数学の予備知識は、基礎的な線形代数と確率が理解できれば十分です。量子力学の知識は不要です。
前半は基礎的な内容で、古典確率計算モデルを、量子回路モデルへの導入を想定して量子回路モデルに近い形式で導入していることが特徴的です。重ね合わせ状態をいかに計算に応用するか、という点を集中的に理解するには分かりやすい導入の仕方だと思います。ただ、伝統的な古典計算モデルの説明を大幅に省略しているので、計算量理論の精確な理解には不十分です。省略された内容で初学者が迷いそうな箇所としては、計算が演算子の適用として定義されていますが、この演算子がチューリングマシンのステップに対応して定義されていることに注意しないと、アドバイス付き計算とアドバイスなしの一般的な計算と混同するかも知れません。
後半の話題がこの本の大きな特徴です。基礎に続く応用的な内容として、誤り訂正符号などの標準的な話題ではなく、量子状態の検証や量子対話型証明系、非ユニバーサル計算など、近年研究が盛んな内容を扱っています。これらの話題は、「量子計算を実現したと主張する他者の計算を、量子計算ができない立場から検証する」、「量子計算が古典計算より強い根拠を比較的実現しやすい弱い量子コンピュータで検証する」など、研究の動機として初学者にもわかりやすいものです。
本書は少ない前提知識で読むことができ、簡潔な導入で興味深い応用まで読者を導いてくれます。量子コンピュータの基礎理論を技術的に理解したい人の最初の 1 冊として良いかと思います。
ゼミナール ゲーム理論入門
本書はゲーム理論の基礎解説書である。
1 章ではゲーム理論の分類等のアウトライン、2 章から 9 章までは「完備情報ゲーム」(プレーヤーを取り巻く環境に不確実性がない状態で実施されるゲーム) の理論を解説し、10 章、11 章では「不完備情報ゲーム」(プレーヤーを取り巻く環境の情報が完全でない状態で実施されるゲーム) の理論を解説している。12 章は「協力ゲーム」(複数人からなるプレーヤーの組で行うゲーム) の理論を解説している。
本書は、非常に具体的な例を用いてゲーム理論へ読者をいざない、その後で、具体例の抽象度を上げて理論を一般化する解説手法を取っているため、理解がしやすい。筆者は奥さんに「あなたの得意なゲーム理論で何とかしてよ」と要請され、ゲーム理論に基づいて行動したがうまく行かなかった例を挙げており、解説書としての要素以外でも好感が持てる。
ゲーム理論が正しく機能するためには、「プレーヤーがゲーム理論を知っており、そのうえで合理的な判断 (ゲーム理論に基づく判断) を行う」などの、いくつかの前提条件が必要であるが、実際にはこの前提が満たされることはまずないため、ゲーム理論は現実ではなかなかうまく機能しない。この点についても丁寧に考察がなされている。
本書は、ゲーム理論を用いたアプリケーションを作るという応用には向かないかも知れないが、ゲームという手続き構造に解を見出す論理構成は明快であり、十分に面白く読み応えがあった。
The Elements of Statistical Learning: Data Mining, Inference, and Prediction, Second Edition (Springer Series in Statistics)
本書は Trevor Hastie, Robert Tibshirani, Jerome Friedman という Stanford 大学の大家達により書かれた、統計的機械学習法の集大成です。線形モデル、カーネル平滑化、モデル選択、モデル平均化、加法モデル、ブースティング、ニューラルネット、サポートベクタマシン、ランダム フォレスト、グラフィカル モデル、自己組織化など、この分野での基本的なリテラシーはおおよそ網羅されています。トピックは多岐に渡っていますが、広く浅く簡単に書かれているので、サーベイを行うときの起点として有用です。しかし各トピックを詳細に理解するには本書だけでは不十分なので、引用されている論文を読み込む必要があるでしょう。
私は、高次元データの次元削減法をサーベイするために本書を利用しました。特に私の注目を引いたのは、本書の著者の一人である Friedman が提唱した MARS 法 (多変量適応的回帰スプライン法) です。MARS 法は、スプライン基底関数の積を基底関数の候補として考え、ボトムアップ的に基底関数を構成し選択していくという戦略をとるので、多変量であっても低次元のモデルを構築でき、モデルの解釈性が保持されやすいという性質があります。MARS 法は再帰分割法や加法モデルの一般化としてとらえることができますが、スプライン基底関数を使うので、推定される回帰関数は連続で導関数も連続、という好ましい性質があります。モデルの刈り込みにより自動的にモデル選択を行うので、ある程度パラメータ フリーに推定することもできるという点は、実用上うれしい特性であると言えます。実際、MARS 法を MATLAB で実装し、実データに適用してみたところ、とてもよいモデルが推定できました。
なお、最近本書の邦訳が『統計的学習の基礎 ―データマイニング・推論・予測』という邦題で出版されたことを追記しておきます。
Nonlinear Programming: Theory and Algorithms
本書は非線形最適化の基礎から上級の話題まで扱いながら、どの部分も大変簡明に書かれているので読みやすく、非線形最適化について学習するにはお薦めしたい一冊である。特に数学的な記述が洗練されているので、抽象数学の背景がある方は好まれるに違いない。
たとえば、最適化アルゴリズムの収束性を論じるために、アルゴリズム写像という統一的なフレームワークを導入し、Zangwill の収束定理や合成アルゴリズム写像の閉性定理・収束定理、線形独立方向に沿うアルゴリズムの収束定理などの基本となる命題を証明したあと、それらを基礎として多くの最適化アルゴリズムの収束性をきれいに証明している。
よく知られた最適化アルゴリズム、たとえば、Newton 法や準 Newton 法、共役勾配法、最急降下法、循環座標法、Levenberg-Marquardt 法などは、探索方向の決定と直線探索という 2 つのアルゴリズムの合成として定義されるので、このフレームワークによって見通しのよい証明ができるのである。
そもそも私がこの書籍を手にしたのは、劣勾配法に関する解説が目的であった。私が知る限り、国内の書籍には劣勾配法に関する記述はほとんど見当たらなかったからである。
よく知られた最適化アルゴリズムは、目的関数が微分可能であることを前提としていることが多い。しかし、スパース推定などの近年研究されている分野では、微分不可能な関数が統計解析を行ううえで好ましい性質を持っていることが知られており、劣勾配法はその分野での最適化計算の理論に必要とされてきている。また本書は、Hooke-and-Jeeves 法、Rosenbrock 法などの勾配を使わない最適化法についても解説されており、これらはその方面への応用に役立つかも知れない。
本書では劣勾配法に関する基本的な理論と、それを改善した空間膨張法 (space dilation method)、バンドル法 (bundle method)、切除平面法 (cutting plane method)、可変目標値法 (variable target value method) などの変種を導入し、詳細な参考文献を示している。
非線形最適化という分野は奥が深く、様々な理論と工夫がなおも発展中である。数多くの参考文献が示されている本書は、理論家にも実務家にも役立つこと間違いないだろう。
Statistics for High-Dimensional Data: Methods, Theory and Applications (Springer Series in Statistics)
近年、ビッグデータ解析という産業が注目される中で、高次元データから本質的な相関構造を抽出する技術、いわゆるスパース推定技術の研究が盛んになされており、遺伝子発現解析や脳機能関連解析といった分野へも応用がなされている。
スパース推定技術の中でも、やや古い歴史を持ち、現在なおも先端的な研究の対象となっているのが LASSO 法である。本書は LASSO 法やその関連手法の数理的な性質、特に推定整合性や選択整合性といった性質の解析に重点を置いている。
LASSO 法はそのシンプルな定義とは裏腹に、漸近的性質が極めて複雑かつ難解であるのだが、本書は最新の研究成果を網羅的にまとめており、この方面の数理的解析に真正面から取り組もうという研究者には得難いガイドとなるであろう。
ソボレフ空間の基礎と応用
本書は Sobolev 空間の基礎理論と、偏微分方程式への応用が記載されている。Sobolev 空間に関して書かれた和書は数少ないので、貴重な一冊である。近年、統計解析の分野においても、加法モデルや平滑化スプラインの理論的解析に Sobolev 空間論が使われるようになってきており、私はその基礎理論を修得するために本書を手にした。
本書の特徴は、なんと言ってもそのわかりやすさにある。初学者用に書かれているため、関数解析の基礎的な知識があるだけで読み始めることができる。基礎事項についても、読者が使い慣れていることを前提とせず、必要になったときに導入し、丁寧な解説をしてくれる。
数学書はえてして論理的な厳密さにこだわり、定義や命題の連続に終始してしまい、イメージが捉えにくくなる傾向があるものだが、本書は随所でイメージを言葉で説明してくれるので、理解に詰まることなくどんどん読み進めることができる。実際私は Sobolev 空間論の初学者であったが、本書を1日で読み切ってしまった。
格調高い装丁がまた粋でよろしい。落ち着いた風情のあるカバーはカッパー ブラウン、それを外すと目もくらむばかりの表紙はスパークリング ホワイト、そしてそこに忽然とたたずむタイトルがルミナス ゴールド。渋い男の書斎にぴったりではないか。
すごいHaskellたのしく学ぼう!
Haskellは関数型プログラミングに適した言語(つまり関数型言語)です。一般的な手続き型言語やオブジェクト指向言語は、機能のモジュール化をサポートする言語機能を提供します。それに対して、関数型言語はプログラムの構造をモジュール化するための言語機能を提供します。その機能を使うためには、高階関数や多相型といった関数型プログラミングの基礎となる考え方になじむ事が重要です。しかしこれらの概念を学習するのには少なからずコストがかかります。本書はHaskellの入門書であり、これらの概念が分かりやすく説明されています。また、本書では対話型のインタプリタ上で動作するいくつもの簡単な例を示しており、自分で動作を確認する事でプログラムの書き方を学ぶ事ができます。
Haskellの学習を難しくしている要素にモナドというものがあります。本書はモナドの説明に多くのページを費やしています。私がインターネットでモナドについて調べようとしたときには、情報に埋もれてしまってどこから手を付けていいのか迷いました。本書では綱渡りの例を通してモナドの利点が分かりやすく示されています。それに付随してファンクタとアプリカティブとの関連にも触れられており、概念を整理するのに非常に役立ちました。
Haskellを学ぶ利点として、型が如何にプログラムの品質を高めるかを感じられる事が挙げられます。型は仕様(の一部)を記述し、コンパイラによる型検査により間違いが無いことが自動的に確認されます。したがって、型の表現力が豊かであるほど品質の高いプログラムを書くことができます。Haskellはまさにそのような言語で、型によって様々な情報を表現できます。
本書ではポイントフリースタイルにも触れています。その記述は短く、読んだだけではその意義がいまいちピンと来ませんでした。しかし、アローを勉強してからこの記述を見直すと、その必要性がしっくりと来ました。このように、より高度な機能を学んでから本書をもう一度読み直すと、大事なことが書いてある事が改めて分かります。本書はいつでも立ち戻れる場所として利用するのに相応しいように思います。
本書はHaskellの基本的、かつ重要な点が分かりやすくまとめられています。 Haskellの入門書として最適な一冊と言えると思います。そしてHaskellを通して関数型プログラミングを学ぶことで、プログラミングに関する新たな知見が得ら れるでしょう。
位相と論理 (日評数学選書)
本書は、Stone の表現定理と呼ばれる、論理学と位相空間論との間にある双対性について論じている。
命題論理の論理式全体は演繹関係および同値関係によりブール代数を構成する。これを Lindenbaum 代数というが、これはカントル集合の開閉集合全体が構成するブール代数と同型になることが示される。このブール代数と位相空間の間にある関係は、命題論理の付値解釈による古典的な完全性定理やコンパクト性定理の証明の過程で自然に現れてくる。
それと類似の結果が、Lindenbaum 代数だけでなく、任意のブール代数に対しても成り立つというのが Stone の表現定理である。任意のブール代数から二値ブール代数への準同型の全体をスペクトル空間というが、そこにある種の位相を入れると、それはコンパクトでありハウスドルフであり完全不連結であるという、Stone 空間と呼ばれる位相空間になる。そして、この空間の開閉集合全体が構成するブール代数が、元のブール代数との間で自然な同型写像を持つようになる。これが Stone の表現定理である。またその双対定理として、任意の Stone 空間はある種のブール代数のスペクトル空間との間で自然な同相写像を持つことが示される。
さらに、これらの定理を抽象化する試みが展開される。ブール代数は束論の枠組みの中で frame の概念へと抽象化され、ブール代数のスペクトルは frame から二値 frame への準同型の全体である point 集合の概念として抽象化される。この point 集合にある種の位相を入れると、それは Sober 空間と呼ばれるハウスドルフより弱い位相空間になるが、その開集合全体がもつ frame の構造が元の frame と同型になる。そして Sober 空間からその開集合 frame の point 集合へのある種の写像が位相同相写像となることが示され、双対定理の抽象化が得られる。
結局のところ、ブール代数と位相空間をつなぐものは、束論における frame の構造の中にあることが分かってくるのである。そして最後には、これらの双対性が圏論の随伴関手を用いて記述される。
本書に予備知識は必要ないと、著者はまえがきで主張しているが、その言葉を真に受けてはいけない。確かに、ほぼ self-contained に書かれてはいるが、束論、環論、モデル理論、位相空間論、圏論、などの基礎知識にあらかじめ慣れ親しんでいなければ、本書を読み進めることは難しいだろう。
全部で100頁程度であるが、主題の選定や論理展開にすっきりとした美しさがある本であると感じた。
差分と超離散
本書は、微分方程式から差分方程式へ、そして超離散方程式へと変換する数学的手法を示し、その結果得られる連続量 (アナログ) と離散量 (デジタル) という2つの世界の密接な関わりを垣間見せてくれる。
超離散化の手法により差分方程式は max-plus 代数へと変換され、状態変数までもがデジタル化されるにも関わらず、元の差分方程式や微分方程式の性質を引き継ぐことがあるという不思議な現象が起きる。
その事例として、Burgers 方程式の超離散化が取り上げられる。一次元拡散方程式から Cole-Hopf 変換により Burgers 方程式が導かれるという微分法方程式の変換図式は、そのまま差分化や超離散化を行なっても成り立つ。それにより得られる超離散 Burgers 方程式は、従属変数までもが離散化され、セルオートマトンとして捉えることができるようになる。この Burgers セルオートマトンは交通流のモデル化に使われるものであり、連続領域における拡散モデルが、離散領域における交通流モデルに対応するという興味深い結果が得られる。
もう1つの事例として、Lotka-Volterra 方程式の超離散化が取り上げられる。生態環境における個体の増殖は Lotka-Volterra 方程式と呼ばれる非線形微分方程式でモデル化される。この方程式はソリトン解を持つという重要な性質があるが、この性質を保持したまま差分化と超離散化を行えることが示される。こうして得られる超離散 Lotka-Volterra 方程式は、実は箱玉系と呼ばれる離散モデルの時間発展則と等価であることが導かれる。箱玉系にもソリトンと呼ぶべきデジタル波が存在することはよく知られている。
随所に現れるコラムがまた知的に楽しい。統計力学における熱平衡粒子系を絶対零度に近づける低温極限操作こそが超離散化であるという物理的解釈は、超離散化の手法が数学者による単なる技巧ではなく、自然現象に裏打ちされた確かな手法であるという印象を抱かせる。
本書は入門書とはいえ、差分や超離散における未開拓の分野に関しても言及されており、最先端の研究内容に触れることができる。丁寧な論理展開がなされているので、学部程度の数学知識があれば読み進めることができるだろう。
コンピュータ音楽―歴史・テクノロジー・アート
コンピュータで音を合成し演奏するための技術が網羅的に記載されている大著である。音合成、音響分析、音響心理学などの基礎理論が丁寧に解説されており、初学者がコンピュータ音楽を学ぶための参考書や辞書として活用できる。興味のあるトピックだけをつまみ読みしても理解しやすいように書かれているので、まさに辞書的に使える。「第14章音楽入力装置」では音楽インターフェイスやデバイスの歴史が楽しい。私が最も参考にしたのは、音響の聴覚システム モデルや聴覚心理モデルに関する理論である。「第12章ピッチやリズムの認識」においては、人間のピッチ知覚が複合的な現象であることが説明され、各種ピッチ検出器の分析と、聴覚システム モデルの導入がなされる。「第23章コンピュータ音楽における音響心理学」では音響心理学モデルの導入と、それをコンピュータ音楽に適用するための手法が解説される。「第19章アルゴリズム作曲の表現と技法」では、セルオートマトン、マルコフ連鎖、1/f フラクタル、カオス理論などを用いた自動作曲法が示され、実用性はともかく、音楽というものの奥深さを再認識させられる。付録の92頁に及ぶ参考文献は、本書を基礎にしてより深い知識を身に付けるために有用である。
GPU Computing Gems -Emerald Edition 日本語版-
各章では、それぞれの分野のエキスパートの手によって、「GPGPUで何ができるのか」への回答が見事に示されています。
(問題領域の解説から導入し、アルゴリズムとデータ構造を具体的に説明し、検証結果と考察を述べています。)
どちらかといえば、応用事例集に近い構成であり、GPGPUのアルゴリズムを体系的に捉える理論計算機科学のカラーは薄く感じられます。
しかし、各事例に使用されているテクニックはまさに最先端で活用されうる練りこまれたもので、この本を著したエキスパート達の科学技術に向ける熱が込められています。
私は、この3cmもの厚さを誇る本は、単なるノウハウ集にとどまらず、GPGPUという道具を通じて幅広い科学技術分野を横断的に認識し、各分野の興味対象や数理モデル等の必須知識へのインデックスとして活用することができる、意義深い本として捉えています。
科学実験シミュレーションをスケールアップするための技法を求める研究者はもちろんですが、これから科学技術へのロマンを追い求めようとする初学者にも是非読んでほしいと思います。
計算機シミュレーションのための確率分布乱数生成法
確率分布に従う数値計算シミュレーションを行うときに重宝します。特定の確率分布に従う乱数を生成するための一般的な理論フレームワークと、各種確率分布に従う乱数生成法、および実装アルゴリズムが詳細に記載されています。確率分布に従う乱数を生成したいときはこれ一冊で十分なぐらいに、ハンドブック的に使えます。理論展開や数式展開が丁寧なので、確率論の応用学習書にもなります。読みこなすにはある程度の確率論の知識が必要ですが、アルゴリズムが明快に記載されていますので、理論を十分に理解できなくても、すぐにプログラムを実装できます。
四元数と八元数―幾何、算術、そして対称性
Hamilton の四元数と Graves の八元数に関する様々な性質を解説している。特にその幾何学的分析が興味深い。複素数が2次元幾何と密接に関係するように、四元数は3次元と4次元幾何に、八元数は8次元幾何に密接に関係している。代数的公理系において組成法則を満たすものは、実数、複素数、四元数、八元数だけであるという Hurwitz の定理は、四元数や八元数が自然法則的実在を持つことを感じさせる有名な定理であるが、本書ではその簡明な証明がなされており、四元数は非可換な結合的組成代数、八元数は非結合的な組成代数として特徴付けられる。代数学の基礎知識があれば読み進めることができる楽しい本である。